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広島高等裁判所 昭和61年(ラ)51号 決定

抗告人

神田尚

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

別紙のとおり

二当裁判所の判断

まず、抗告人が本件不動産の引渡命令の相手方となるかどうかについて判断する。

金銭債権担保の目的で設定された賃借権の仮登記がされている不動産について、競売が行われたときは、右賃借権設定の前に設定された抵当権の実行により、右賃借権設定の後に競売開始決定を経て競売されたものであつても、仮登記賃借権は、その不動産の競売による売却によつて消滅するから(仮登記担保契約に関する法律二〇条、一六条一項)、これによつて、仮登記された賃借権による占有はその占有の権原が消滅するとともに、賃借権の仮登記も抹消されることになるので(民事執行法八二条一項二号)、仮登記賃借権者は、たとえ賃貸借契約を解除されないままであつても、占有の権原を失い、したがつて、仮登記賃借権消滅後の売却不動産引渡命令時には、買受人に対する占有の対抗権原が存在しないことになるから、その仮登記賃借権に基づく不動産の占有者は、民事執行法八三条一項本文にいう「権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」に該当する者として、不動産引渡命令の相手方となると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件記録によれば、本件不動産は土地とその地上建物であること、債務者兼所有者(共有者)西川一志が、本件競売申立人星和信用保証株式会社の抵当権設定登記(昭和五六年三月一八日)の後であり、本件競売開始決定(同決定による差押登記は同五九年六月二〇日)の前である同五九年三月一五日抗告人との間に、本件不動産について債権額三二〇万円、利息年一五パーセント、損害金年三〇パーセントの金銭消費貸借債務を担保する目的で抵当権設定契約を締結し、これと同時に(登記上は同月一五日設定)期間を三年とする賃貸借契約を締結し、同月一六日その旨の抵当権設定登記及び同月二二日賃借権設定仮登記を経由したこと、右設定後間もなく抗告人が右西川から本件不動産の占有を受けて現在これを占有していること、及び抗告人は右西川の抗告人に対する債務を弁済してもらえば、本件不動産をいつでも明け渡す意向であることが認められる。右事実によれば、抗告人の右仮登記賃借権は本件不動産の使用収益自体を直接の目的とするものではなくて、むしろ金銭債権の担保を目的として抵当権と併用して設定されたものであり、右仮登記賃借権は売却により消滅し、したがつて仮登記賃借権による占有は、その権原が消滅したから、仮登記賃借権者である抗告人は、権原により占有している者でないので本件不動産引渡命令の相手方となると認めるのが相当である。

そのほか、抗告の理由を認めるに足りる資料がない。

よつて、抗告人に対し本件不動産の引渡しを命じた原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないから棄却し、抗告費用の負担について民事執行法二〇条、民事訴訟法九五条及び八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官村上博巳 裁判官高木積夫 裁判官滝口 功)

別紙 抗告の趣旨

原決定を取消し、抗告人に対する引渡命令を許さないとの裁判を求める。

抗告の理由

一 原決定によれば、抗告人が賃貸借契約書を提示しないとあるが、抗告人において処々探索した結果、自宅内の書類保管庫より、別添の契約書と西川一志の印鑑証明書が見つかつた。

これによって、本賃貸借契約の成立は完全に証明されるものである。

二 抗告人は、本件土地・建物内に昭和五九年三月一日の前記賃貸借契約締結直後、昭和五九年三月一五日頃より居住し、これを使用収益している。

以上二点につき、原決定は判断を誤つており、違法であり、取消しを求める。

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